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genom dessin
all anatomy ∩inhaltstrktur realitat
( noema)
Souichirou siiba
ゲノムデッサン(genom dessin)
はじめに
genom dessin (医療の基礎学術や、思考を基本とした形のデッサン。西洋の解剖説明を基盤にした恐ろしい描き方を大きく打ち払う描き方。ポジティヴィティーや、朗らかさのあるhintergroundを重視したより良い描き方。介護型デッサン。緊迫感のある一部の人間しか描き出せない黄金比の組み方を撤廃して、かつリアリティーにおいては西洋絵画に状態的には上回るという…。
1)石膏学における、筋肉のやたらめったらな怒張や隆起や張りを、穏やかな状態にもってゆく。石膏が主体となり、その練磨に惑わされた何か空恐ろしい理解でなく、人間の心や体の相互理解における結果の、不自然ない人間理解のデッサン。(内面性のより良い相互理解)の為に
描く。医学や心理学を8割方の方向に持ってゆく。そして、生まれた技術は、なんと絵画というより看護に近い、
筆致を超えた無筆致状態
ultimate cadence (無筆致)。
看護士さんが、とても優しく人体に触れられるはご存知でしょう。色んな方々に接した人間なら、皆ご存知の通り。あれくらいのテンションで筆致を入れると、全体を見て判断して、そしてそれを支持面に移行するかの如く。
技術よりも、更に、細かく。
そして、その心理から更に、背景にnoema noesis noetic 思惟という感情を楽しさにもっていきます。そして、思惟という感情を、崇高や安穏に変える事です。
筆致が消えるという事は、画にある総ての日常を壊す喧騒も消えるという事です。
西洋絵画とは、人体を知る事がhintergroundにとってのマイナス面にしか成り得てない所がございます。豪奢で派手なマネキンのようなしかも比率が9割方介在した、技術的にはいささか後引きならない体系になっています。どれを取っても不自然で、バランスを重視したものが多く、数値の世界に近いです。その風体も、贅沢としか取れないものが殆どです。生身の人間の体の自由を奪い去ってくようなものが伺い知れます。
一方で
現代医療学を基礎にしたgenomdessinは、解剖学を基調にしつつも更に心象風景を大事に出来るという良いとこ取りが発生し、そして受け入れ範疇が広いのです。
陣を組めないと何もできない西洋絵画より先ず、その人それぞれの磨耗そのものをも、状態としてかなり良い状態に戻したり、そしてフレーミングしたり出来るのがゲノムデッサンの方針です。
そして、状態の説明の範囲を絶対に超えれないルネッサンス絵画よりも優れた点というのをまあ言うならば、
「その絵画のありようが、具体的未来の示唆」
に繋がるからです。少なくとも、この現代においてその画力において色んな人を救うはどちらかと言うならば、それはもう決まりきっている筈です。その辺が有効に、色んな人々に行き渡るかはそれは、本当に現代の人々同士が、という事になります。
医学に心を見出した方法。緊張感でなく、癒しが主体になるという、描画対象の為の絵画。絵画の為の周囲でなく。また、axiomや比,律も用いますが、そこには緊迫感より、人の心が優先されるという。色々な人の。しかし、既存の死体を見たまま描くに留まる西洋の絵画基盤に比べると、遥かに健やかな環境とともに成立すると存じます。
世の中には色んな人がいます。体の不自由な人、心の病んだ状態からなかなか立ち直れない人、鬱屈を抱えた人。そういった色んな人の健やかなる願望を叶えれる時を与える事が、できます。楽しさだったり、生来の願望であったり、そういう懸念性の元、様々な心にある事物を支える事ができます。
また、ここで大切なのは、本人の医学に対するとても高い興味です。優しさとか、思いやりとか、本人の一般性に付随するgenomdessin でなくては、意義性は皆無です。
きちんとした一般的人間であることと、自身の朗らかさもとても大事です。
その根本的な違いは、解剖学基礎でなく、医療をメインにして、様々な基礎技術を再構築する事です。
その先の未来性は、それこそ現代の世の中を生きる私たち全員で検討すべき問題になると思われます。
具体的な医療絵画の全般としては、「割合差」です。例えば、西洋絵画の解剖学と医学の割合は、とても解剖学や筋肉に依存した形が多々あります。医療絵画の割合は、自然さに基づく形での進行となりますし、その過程で重視されるのは「その人その人の望む快さの総体」であって「何かめんどくさい緊迫感に絞られたメッセージ性」はそこで撤廃されます。
陣により人が組まれるのでなく、人権により人の心や形が明確に汲まれます。そして、形式による心でなく、心による形式が汲まれます。状態固化に近い写実も撤廃され、時制も流れも存在する、象徴になります。その医療性の高さにより、私生活へのより良い示唆も円滑に進み、各々に与える影響も素晴らしきものへと変換されます。また、ultimate cadence (無筆致)という描写方針で、描き手の方々も、穏やかな方、穏やかな方へと進んでゆきます。また、graziaをその上で意識すると、重ねれる量と、その穏やかさに質をも加わり、とても良い描写状態も保持できます。そして、自身の穏やかさに根気もついてゆくというものです。絵画そのものが医療というだけでなく、絵画行為が医療的な感覚で成り立っています。
只、時間を少しかけるので、受験向きでは無いですが。その中で重要視されるのは、「技巧」よりも、「穏やかな性格」と「身の回りの物や人への正しい意識」です。その内実をいかに知り、その具体的な描き方をいかに用法としてもってゆくか。その描き方によって、そのポジティビティーを大切な方向へ持ってゆくという事です。
介護風景などみておいたり、現状を知ったりするのがとても役に立つと思います。
そして、人と接するかのごとく穏やかに物と接し描く様を見て、人はそこに浸透しやすいものなのです。
絵の中では、お年寄りも立ち上がります。体の不自由な子も闊達に動き回ります。その心のもと、それを追求するならば、先ず既存的な用法など必要なく、描く事が出来ます。
強引な躾を伴わないのも、このやり方の特徴です。無理なく、形としてはこころよく、進むやり方です。双方のストレスすら無効化する形の指導体系も、特徴です。
また筆致を余り用いない事から、露な質感から来る物質の表立った恐怖や
その類も緩和されます。
Genom dessin の具体的な用法
技術の体系は、とても簡単です。含有する技術を気分的に用いる事は、その当人たちの思想や私生活にとても悪影響を及ぼしますので。ここでとても重要視されるのは、薬学的な問題と取り合っているかという事になります。
身体的な自身の危険性を第一に重視し、そこからでしか思考を保たないという。そして、描く事そのものを勉強として具体化してゆく方法になります。
「この物質は、何で出来ていて、どのくらいの硬さで、どういった機能で、どういう目的で作られているのか」という内在意識。また、
「それを描けない、また不得手である理由を心理的に理解する」
「心理的な問題か、はたまたトラウマか、人間性の問題か」ということです。
そういった精神面の介護ごと判断してゆく事も重要になります。
但し、圧迫に変わるようではいけませんし、そういった集まりになってしまったら、実験の域を出ない集団になってしまいます。
心と道徳ある手段とやり取りとしなければ、意義を成しません。
かつ、個人個人が闊達に生きる手段の集積としましょう。基調は、相手の尊厳と、それの保持によって「本来緊迫感が付きまとう実量の向上が逆に、その思い出の構築によって、安心感と充実感とともに付いていくという事です。
要は、由の差異。
そこに、対象意識5層(inhalt strktur realitat )を背骨としてもうけております。
Inhalt strktur realitat (対象意識5段階)
1層目 明暗、形姿、概図、全体像をぼんやりと把握する。 (sfumato霧状効果)その形上の安定をきちんと把握づける。(formung)
2層目 生命、源としての命、量塊、内面的重さ、量感、その物質や人物の芯ともいえる部分を把握する。そして、二次元でなく、三次元としての位置関係の正しさを把握する。その把握した正しい位置関係を、思いやりもって人物性として保つ。
(医療学/介護学/)(form/masse/volume/moveman)
3層目 心の中、内臓、性格、感情、心境の状態を把握する。(personal)
4層目 その扱われ方の癖、個性、哲学、発達と理由、人体の「特徴としての」、具体的な状態を描く。筋肉、皮膚、質、表情。 (tintingstrength)
5層目 それらすべてを総合して、描写対象を象徴化守護する。そしてそのそれぞれの内面性を、理解した上での再表象とする。例え相手の暗黒がどれだけ深かろうと、その心の美しさに心が止まるのであれば、心の理解を真に共感するひとりの良人として。その具体性をかき消しその問題、只表すにとどまらず、相手の最も望むより良い明日とする。
(Vostellung)(helldunkelzeichumnung)
描画対象をそのままに描く方法としての手段
模写(imitation) 模
再表(representasion)
再現 ( Refiorire )
再復(restresion) 最復元
復元 (renovatio) 絵画復元行為
模刻 (aufburn) 医学による歯の模刻
物質の質感とは物の数だけ存在していて、その小さな片鱗を追っかけていてはキリがありません。あったとしても絵画にてその材質の同一感を追うだけというのは状態の示唆にしか過ぎないので、ここでは。そして、ultimate cadenceを全体的に促す理由は、意識点を用いる側の含有する穏やかさがとても重要になるという所もあります。そこら辺も、医学ととても酷似しています。その類似点を上手に一つにし、その含有するプラス点のみを残した形での状態を一つの系統とします。
helldunkelzeithumnungを用いる者
自分の身を大事にし続けながらも、内面性から世の中の恩恵をものともせず、一切を当然と感じない状態から自身の身を大切にするという試みを果たしている人間。かつ、そこには個人的な人間性として行いが裏付けられるという。その身心をもってして相手に接せる者をして、その自身の持っている空気と言います。健常な人はこれを嫌う傾向もあります。そして、これは、「人間1人1人」全員が異なります。
「目的意識」の違いです。その絵画のバランスや当人の豪奢の保持の為でなく、基調は本人達の「人間生活をきちんとより良い方向にもっていっているかという所です。」より良い世界を描き出すに到るかという問題で、鬱屈を誘うものや状態固化とは少々異なります。
心理学における、「このポーズだとこういう気分に陥りがち」とか、「この状態だとこういう風に思いがち」とかいう感情と体調の関連性も、状態把握に重要になる。
それぞれの明るい示唆の為のちょっとした設定の変更、もしくは安穏の為の未来示唆、その為にgenom dessinが存在します。
その具体の総てを完璧に準えておかねばいけません。その学はこの世で最も人間に近しい学なので、人間に危害を加える事はとても容易いです。
自己決心を持ちましょう。その心に。悪用しないという。zeigen 指し示す象徴としても。そして、先人たちのデッサンには、技術を用いない類のものが殆どです。その技術を用いないあの綺麗な描き方を、noema 、ultimate cadenceと言います。
医学知識
ここで、最も大事になるのは、医学知識との関連性です。医学をもって、きちんと人間同士の体の内在と外在の把握をすることが重要になります。内面から来る外面の示唆が目的である以上、描く前にそれを知ることが重要になります。そして、技術以上のものを、技術を凌駕する形で示唆しあう事です。描く場もとても良好な状態であるとともに、その正しい示唆に基づいて描き合うという行為です。技の披露とは、「別格にして朗らか」という事になります。その為にも、行動原理や、その心の理由や、思考、示唆にいたるまで知り尽くしておく必要があります。そしてその示唆の形というのは、それぞれの人間性のタイプに基づくものでなくてはなりません。身体の単なる体育的な理解のみならず、複雑な内面性にもとても深く知りえている必要があります。人間と人間の相互の関係性の楽しさをも含んだ形でのgenomdessinなのです。
※その傾倒や愛情を中途半端な集まりに用いる無かれ!!そう!!そう!!大きな愛情をなくし、小さな浅薄な愛情を得る事になる!!
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