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■新刊のご案内(『大逆事件の言説空間』)
山泉進氏(明治大学法学部)の編著、『大逆事件の言説空間』新装版が論創社より発売されましたのでご紹介します。
山泉氏執筆の本書「あとがき」(pp.511-517.)から一部を下記に引用しておきます。
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山泉 進〔編著〕『大逆事件の言説空間』新装版
(『明治大学人文科学研究所叢書』)
(論創社、2007年9月25日、v, 517p.)
(ISBN: 978-4-8460-0677-8 / 本体価格: 3,800円)
〔目次〕
序説 「大逆事件」の言説空間 …… 山泉進
一 言説空間と空間規制
二 不敬罪と不敬事件
三 大逆罪と大逆事件
四 「大逆事件」の経過と構成
第一部 佐藤春夫の大逆事件−〈憂鬱=倦怠の文学〉の誕生 …… 佐藤嗣男
一 文学史的事象としての大逆事件
二 〈新宮の大逆事件〉
三 「愚者の死」を草す
四 社会問題に対する「傾向詩」を詩う
五 「傾向詩」的なものとの訣別と隠匿
六 分岐点=「或る女の幻想」を書く
七 〈憂鬱=倦怠の文学〉の誕生
第二部 事件「大逆」の裾野 …… 吉田悦志
一 日刊『平民新聞』文芸−事件「大逆」への道
一 日刊『平民新聞』と上司小剣
二 西川光次郎の「同伴者」論
三 西川光次郎の「中等階級」論
四 「中等階級」論から「直接行動」論へ
五 田添鉄二の警鐘
六 幸徳秋水と山口孤剣の言説空間
七 木下尚江の激烈な負傷
八 山口孤剣の短歌論と作歌
九 主体喪失としての「平民短歌」
一〇 大塚甲山の疑義
一一 大塚甲山への反批判
一二 山口孤剣の文体
一三 堺利彦と原霞外の作品
二 右サイドの事件「大逆」小説
――池雪蕾著『憂国志談 大逆陰謀の末路』の言説空間
一 浸潤する『大逆事件の末路』
二 モデルと時代の潮流
三 虚相を実相に転化する小説
四 秋水・孤剣と池雪蕾の同質性
五 沖宮健児ことモデル・奥宮健之
三 『風俗画報』の事件「大逆」記事
一 山下重民の文章全文
二 国民的常識と事件「大逆」意識の懸隔
終章
第三部 「大逆事件」のニューヨークへの到達 …… 山泉進
はじめに
一 「大逆事件」の発端と新聞報道
一 社会主義者の大逆罪による逮捕
二 「爆裂弾事件」の新聞報道規制
三 幸徳秋水逮捕の新聞報道
四 新聞記事掲載禁止の一部解除
二 Harrisonケーブル記事の波紋と外務省
一 司法省とHarrisonケーブル記事
二 『ニューヨーク・ヘラルド』記事と外務省
三 伏見若宮夫妻のニューヨーク到着
四 伏見宮の帰国と外務省の対応
三 一九一〇年九月二一日「大逆事件」報道と外務省
一 『時事新報』と『報知新聞』による報道
二 『報知新聞』記事のニューヨークへの到着
三 『ワールド』紙の報道と日本への還流
四「大逆事件」報道の否定と『ニューヨーク・タイムズ』
四 公判開始決定と「大逆事件」の公表
一 予審の終結
二 公判開始決定の公表と『ニューヨーク・タイムズ』の報道
三 抗議運動の開始と在米大使館
おわりに
第四部 大逆事件と石川啄木 …… 小川武敏
一 「大逆事件」初期報道と石川啄木
はじめに
一 大逆事件の発端−一九一〇(明治四三)年五月・六月
二 日韓併合のことなど−一九一〇(明治四三)年七月〜九月
二 一九一〇年九月下旬以後の大逆事件報道
三 時代閉塞の隠喩−犯罪の年・一九一〇年
四 大逆事件と啄木短歌
一 「大逆事件」初期報道と啄木の作品活動中断の意味
はじめに
(1)啄木の創作中断時期
(2)「大逆事件」初期報道
(3)「日本無政府主義者陰謀事件経過及び附帯現象」の問題
(4)『明治四十三年作歌ノート』
二 一九一〇(明治四三)年夏の啄木短歌
はじめに
(1)『明治四十三年歌稿ノート』
(2)『東京朝日新聞』掲載歌
(3)『明治四十三年歌稿ノート』冒頭三日の歌
(4)八月三日夜−四日夜の望郷歌
三 〈我を愛する歌〉末尾一五首と〈九月九日夜〉作歌群
(1)『一握の砂』第一章〈我を愛する歌〉末尾一五首
(2)〈放たれし女〉
(3)離れゆく女達
(4)〈怒る男〉と〈怒らぬ女〉
(5)〈秋の怒り〉−九月九日夜の作歌群
あとがき 〔山泉進〕
―「あとがき」(pp.511-517.)より―――――――――――――↓(以下引用)
「大逆事件」から九六年が過ぎた。九六年の時間をさかのぼれば、一九一一(明治四三)年一月一八日、大審院において明治天皇にたいする暗殺謀議により幸徳秋水ら二四名に死刑の判決が下された。そして、ほぼ一週間後に半数の一二名が東京監獄において絞首刑に処せられた。それから、やがて一世紀を迎えることになる。いまでは、処刑された一二名の名前を記憶しているひとは稀となっている。
〔中略〕
本書は、もともと明治大学人文科学研究所「総合研究」の報告書として刊行されたものである。いま、その普及本を刊行するにあたって新しい「あとがき」を付している。本書の意図するところは、すでに「序説」において述べているが、「大逆事件」についての全体像を概説するために編集されているものではない。むしろ、無罪論あるいは無実論をこえた、「大逆事件」についての新しい評価をおこなおうとする一つの試みとして理解していただければ幸いである。むろん、タイトルとして付したように、私たちが出発点としたところは「言説」であった。そのことは、他方に「緘黙」を意識してのことであった。その「緘黙」は、後に紹介するように若き弁護士、平出修の遺した言葉であった。
〔中略〕
一九一一年一月一八日、大審院における幸徳秋水ら二四名に対する死刑判決直後に書かれた「後に書す」において、平出修は「司法権の威厳は全く地に落ちてしまつたのである」と弾劾する一方で、「余は国家権力に服従せねばならぬ。法律秩序に強制されねばならぬ」ともいう。そのうえで、「記録された文字」の外にある「真実」を発見する必要性を説き、自分はその「真実の発見者」であると主張して次のようにいう、「大審院判官諸公は遂に余の発見せし真実を明確に看取するを得なかつたのである。彼等は国家の権力行使の機関として判決を下し、事実を確定した、けれどもそれは彼等の認定した事実に過ぎないのである、之が為に絶対の真実は或は誤り伝へられて、世間に発表せられれずに了るとしても。其為に真実は決して存在を失ふものではないのである、余は此点に於て真実の発見者である。此発見は千古不磨である、余は今の処では之れ丈けの事に満足して緘黙を守らねばならぬ」と。平出の「緘黙」から、九六年が経過し、「大逆事件」もやがて百年を迎えることになる。私自身は、「大逆事件」については有罪、無罪論をこえた歴史的評価の必要な時期にきていると思っている。それは平出が裁判を通じて「発見」した「真実」という以上に、近代日本のなかで「大逆事件」は何であったのかという歴史的問いであり、解答でなければならない。本書も、「誤り伝へられ」た言説のなかから、そのような「真実」を発見する試みの一つにすぎないが、一九一四年三月、三五歳の若さで亡くなった平出修の言説にどれだけ拮抗できているであろうかと考えれば、依然として忸怩たるものがある。
〔後略〕
―「あとがき」(pp.511-517.)より―――――――――――――↑(以上引用)
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